ここが大事!!10のつきあい

そういえば、披露宴ってなぜするんだろう? そんな素朴な疑問を持ったことはありませんか。結婚すればふたりの新しい人生が始まり、色々なつながりができてきます。ふたりのこれからのために、披露宴を挙げる意味など考えてみましょう。

披露宴の重要性を考える

披露宴の本来の意味とは?

披露宴の本来の意味を知っていますか?お二人が新しいスタートをする為に、今までお世話になった人、またこれからお世話になる人に直接お互いを紹介し「披露」すること、それが披露宴の意味。「おかげさまで新しい家庭を持つことになりました。皆さんとこれまで以上のお付き合いをさせていただきます」という気持ちが込められている大切なお披露目の儀式なのです。
披露宴本来の意味を考えると、できるだけたくさんの人たちを呼んで、「お陰様で」という気持ちでご披露するのが趣旨に合った考え方。そういう意味からすると最近の結婚式は、楽しければよい、カッコよければよいと、本来の日本人に大切な「心」を忘れているようにも思えます。

現在も続く、人づきあいがすべての社会

そもそも、披露宴という形式ができ上がってきた背景には、地域の冠婚葬祭という「10のつき合い」があります。冠、婚、葬、それから火事、建築、旅行、出産、水害、病気、年忌というのがいわゆる10のつき合い。このうち「火事」は近隣に延焼を及ぼすということで、また「葬式」は死んだら仏になるということから、誰もが付き合わなければいけないものとして位置。しかし大切なのは残りの8つで、8つのうちひとつでも義理を欠くと、次からは村中から除け者にされてしまうといった「村八分」という厳しい掟が地域にはありました。「葬儀」「火事」以外の付き合いがとざされ孤立させられるということは、現代社会に於いて想像するより遥かに厳しいことでした。付き合いとは、社会生活に於いて全てと言ってもいいほど重要なことであり、その中でも「婚」・「結婚式」は新しい戸籍を持って名実ともに親から独立するという重要なもの。その意味を理解せず、入籍だけで済ます傾向にある現在、日本の由緒ある伝統が失われつつあるのではないでしょうか。

披露宴の中にある、「お招きする心」「祝う心」「もてなす心」

披露宴はもともと両家のお祝い事なので、費用の一切を負担してお披露目に臨むのがたて前ですが、「10のつき合い」というしきたりの中で生まれた考え方の基本に、「相互扶助」があります。これは、お互いがお互いに助け合うということで、「お祝い事でも臨時の出費がかさむのは気の毒だから、両家だけに負担をかけないようにしよう」という「心」が生きています。ですから、そこに集まる人たちは「祝う心」をのし袋に託し、お祝い金を包んでくるわけです。特に東北では、長い歴史の中でこの精神が育まれてきているわけですから、東京・大阪など大都会に見られるような会費制というドライな考えは当てはまりにくいのです。地方の町に住んでいる人たちには、たどっていけば町全体が知り合いのようなもの。人と人との付き合いを何より大切にする人情が根付いています。だから、心のこもった付き合いを大切にしなければならないのです。仮に会費制が出席者に少しでも負担をかけまいとする優しい気持ちから生まれたものだとしても、最初から出席者にお金を出してくれと手を出しているような行為は、なかなか馴染めないのです。人との付き合いで大切なのはお金の多少ではなく、根底にある「心」です。「祝う心」をうけて、両家が「もてなす心」でお返しをする。それこそが昔から続く「日本人の心」そのものなのではないでしょうか。

「三つの心」を考えておもてなしする披露宴

披露宴をあたたかく包んでくれるのが"心のふれあい"であるならば、具体的に気になるのが御祝儀の目安です。お互いに負担を少なくし、失礼にならないように気配りをすることにこそ、本来の心が息づくのです。
一概にはいえませんが、大体の目安は友人が2~3万円、先輩・上司・恩師が3万円程度。そして親戚 が3~10万円。お世話になった度合いや付き合いの深さで金額は変わりますが、これを平均すると2万7000円~2万8000円になります。これを「祝う心」の目安と考えると、「もてなす心」は少なくても同額のお返しをすることが望ましいと考えられます。
披露宴の楽しみのひとつであるお料理などで、精一杯のおもてなしをすることが、両家の気持ちを伝えるひとつの手段になるのかも。もう一度婚儀の意味や背景を思い出しながら、「心」と「披露宴」のあり方について考えてみませんか。